2014-10-14

隠れた人たち



この小説は私が相識になったある統合失調症の患者の半生にわたる病歴を綴ったものである。小説の内容を説明する代わりに、この患者が書いた、「聴覚地獄」と題する次の様な文章を紹介したい。 
聴覚地獄 
夢を見ました。薄暗い道を歩いているのです。私は「闇穴道」という言葉を何故か思い出します。しばらく歩くと「森羅殿」と書かれた額の懸かった御殿につきました。矢張り闇穴道でした。中へ入って閻魔大王と向き合いました。 
名前を聞かれると思っていたら、 
「お前は健常者か、それとも障害者か?」 
と訊かれたので、少し驚きました。 
「私は障害者です」 
と答えると、 
「何の障害であったのか?」 
と訊かれたので、 
「精神障害です」 
と答えました。閻魔大王は、 
「精神障害か。最低の障害じゃな」 
と、言いました。私は余程、 
「大きなお世話です」 
と、答えそうになりましたが、さすがに我慢して黙っていました。 
「悪いことをした報いじゃぞ」 
「別に悪いことをした訳ではありません。人間として当然の権利を主張しただけです」 
「嘘をつくではない」 
「嘘ではありません。『僕だって人間だ』と叫ぶ代わりに、壁を叩いたりしただけです」 
「その方は、ここをどこだと思う?地獄にも精神病院という所があるのじゃぞ」 
 私はこれを聞いてうろたえましたが、落ち着いて考え直しました。 
「構いません。剣の山や血の池よりはましです」 
「馬鹿め。地獄にある精神病院とは、お前が思っている様なモダンな建物などではない。聴覚地獄といってな、不快な音以外は何も聞こえなくなるという地獄なのじゃ」 
 私はこれを聞いて仰天しました。 
「いや、そんな地獄はご免こうむります」 
「もう遅い。こりゃ、獄卒ども。こやつを聴覚地獄へ連れて行け」 
 私は私を拘束しようとする獄卒たちに抵抗しました。必死になってもがき、叫び声を上げたところで目が覚めました。

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